第10代ウォード男爵ウィリアム・ハンブル・ウォード(英語: William Humble Ward, 10th Baron Ward、1781年1月9日 – 1835年12月6日)は、イングランド貴族。

生涯

ハンブル・ウォード(Humble Ward、1755年12月1日洗礼 – 1785年1月9日、ウィリアム・ウォードの息子)と妻スザンナ(Susanna、旧姓ビークロフト(Beecroft))の息子として、1781年1月9日に生まれた。父方の祖父ウィリアム(1758年7月21日没)は初代ダドリー=ウォード子爵ジョン・ウォードの弟にあたる。イートン・カレッジで教育を受けた後、1799年6月3日にケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジに入学、1803年にB.A.の学位を、1806年にM.A.の学位を修得した。その後、イングランド国教会の聖職者になった。

1833年3月6日に祖父の兄ジョンの孫にあたる初代ダドリー伯爵ジョン・ウィリアム・ウォードが死去すると、ウォード男爵位を継承した。

1835年12月6日にヒムリー・ホールで死去、長男ウィリアムが爵位を継承した。

家族

1816年5月22日、アメリア・ピランズ(Amelia Pillans、1797年ごろ – 1882年5月23日、ウィリアム・グーチ・ピランズの娘)と結婚、2男2女をもうけた。

  • ウィリアム(1817年3月27日 – 1885年5月7日) - 第11代ウォード男爵、初代ダドリー伯爵
  • ハンブル・ダドリー(1821年12月20日 – 1870年12月14日) - 1843年12月17日、イリナ・ルイーザ・ホークス(Eleanor Louisa Hawkes、1899年12月16日没、トマス・ホークスの娘)と結婚、子供あり
  • ジュリア・スザンナ(1902年5月28日没) - 1842年6月14日、トマス・リー・クロートン(Thomas Legh Claughton、1892年7月25日没)と結婚、子供あり
  • アメリア(1830年没)

出典

外部リンク

  • Hansard 1803–2005: contributions in Parliament by Mr William Ward(英語)
  • "ウィリアム・ウォードの関連資料一覧" (英語). イギリス国立公文書館.

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